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学長ブログ

静粛の気遣い

2017.01.11

 新年明けましておめでとうございます。

 新館とその付帯工事、本館の耐震工事、様々な工事と引っ越しに明け暮れた平成28年を後にし、いよいよ短大は新館新時代に突入します。環境は整いました。次は中身です。次の50年必要とされる短大を目指し、イノベーションに取り組みます。

  2年生の多くが成人式を迎えました。はなむけに成人の意味を考えてみたいと思います。大人の庇護の元にあった子ども時代を巣立ち、独り立ちする時期を迎えました。自分で自分をしっかりコントロールして、社会の一員になっていくことが求められます。

 社会の一員になるということは、メンバーとしての責任を自覚して行動していくことです。社会は各メンバーの働き「勤労」により支えられています。私たちはそれを享受することで暮らしも成り立てば、また様々な楽しみや苦しみも支えられます。成人したからには、メンバーとして社会への積極的な貢献が求められます。そしてその貢献こそ、私たちの生きがいにつながるものです。何をして貢献するかは人によって様々ですが、大切なのは貢献を志向する考え方を持つことです。

 子ども時代は基本的に自己満足的であり、他人の満足を考えません。発達に従って、自分の満足だけでなく、愛着を持つ人の満足や仲間の満足、集団や社会の満足が考えられるようになっていきます。自分の利益だけでなく、人の立場や気持ちなどを考えながら、自分の行動をコントロールできるようになっていくのです。これが大人になるということです。

 自分が「あること」をしたら、人はどのような影響を受けるか、「あること」をしなかったら、人はどのような影響を受けるのか。これらは直覚的には分かりません。考えてみないと分からないのです。人の立場、気持ちを考えてみることが「気遣い」「気配り」です。「気遣い」「気配り」できる人が大人なのです。

 楽しいときは、つい回りのことに気が回らず大声で笑ったりします。悲しいときは人目も構わず泣き出したりします。それはそれで自然なことですが、周りが目に入っていないという意味では、コントロールされていない大人らしくない行動とも言えます。

 授業中に私語をすれば、その間の話しを自分も相手も聞き漏らし、周りにいた人も聞き取れず、集中が途切れて教室から学ぶ雰囲気が崩れてしまうかもしれません。それでは何の為に教室に来たのか、分からなくなりますね。

 一方で、授業中の居眠りや遅刻、欠席は、誰にも迷惑をかけていないという人がいます。ほんとうにそうでしょうか。知識や判断力に欠けたあなたと、これからつきあうことになるのは誰でしょう。その人はあなたに命を預けているかもしれません。また、あなたが勉強するために、お金を工面している人はいないのでしょうか。いずれも少し考えれば気づくことができます。社会的影響を考えて行動する習慣をつけることで、社会的責任を持てる人格になっていきます。

 「静粛の気遣い」という言葉があります。大勢が集まる中で、静粛にする気遣いです。静粛は、そこに集う人々の心が1つにならなければ実現できません。無音の結晶に心を澄ましたいものです。

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