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学長ブログ

2018.03.27

失敗を隠す文化

 「失敗があってはならない」という言葉は、大きな行事に際して、あるいは人生の大きな選択において使われる。沢山の人に迷惑をかけないよう、あるいは自分の将来に大きな禍根を残さないために、念には念を入れて準備するということだろう。

  もちろんそれは正しいことだが、もとより完璧でない人間にとって完全はあり得ない。別の言い方をすれば、失敗は避けられないことである。失敗しないように努力することは大切だが、同じく、いやそれ以上に失敗に正しく対処することが大切である。「失敗しないように」の価値観が偏重されると、失敗は隠されてしまい、失敗から学んで成長することの大切さが見失われてしまうからだ。

 学んで成長するという点において、成功も失敗も教訓としては等価値である。「こうすればうまくいく」「こうしたら失敗する」どちらも大切な教訓なのである。

 しかし我々の文化の中には、失敗を恥とし、失敗を隠して学ぶことがなおざりにされる傾向があるように思う。失敗を隠しても、失敗の度に「うまくいかなかった自分の歴史」は積み重ねられていく。悪運を嘆き、非才を嘆き、劣等感が蓄積される一方、失敗から学ばない自分は止まっている。

リセットのチャンス

 我々の文化には有り難いことに、「リセット」の思想がある。毎年、新年を新たな気持ちで迎え、新たな志を立てる。いつまでも過去を引きずらずに、リセットできるのは有り難いと思う。

 善人になりたいと思っても、過去の自分の悪行の数々を思い浮かべたら、無理と思うしかない。悔い改めることで、進歩は生まれる。

 安井息軒は、志を立てるチャンスとして「三計の教え」に朝と春と少壮の時を挙げた。チャンスに遅すぎるということはない。何か良いことを始めようとするのに年や月、週の初めなどの節目はリセットのチャンスである。

 あとは本人のやる気・勇気・根気である。

「どうせダメ」のリセット

 やる気を出す上で、足を引っ張るのが自分の「劣等感」である。「自分は頭が悪い」「才能が無い」「努力ができない」「環境が悪い」という「決めつけ」を抱えている。

 なかなか人は褒めてくれないし、自分の失敗は傷となって残っていたりする。人生で、自分に自信をもたらす成功事例より、自分のダメさ加減を示す失敗事例の方が遙かに多く心に刻まれている。「何にもしない方がまし」という思い込みも少なくないかもしれない。

 本当は「ある程度できて」いても、「よりできる人」が必ずいるから、相対評価の中ではいつも「できない」に分類されてしまったのである。

 絶対評価で見てごらん。赤ちゃんの時から比べて今「できるもの」を挙げれば限りなく多いはずである。生活の中にある様々な経験からなにがしかの学びを受け取り、成長している。一昨年から去年、少し長いスパンで見れば自分の成長に気づくはずである。人生は長い。努力は裏切らない。一歩踏み出す「やる気」を出そう。結果は付いてくる。

やる気・勇気・根気

 三日坊主はどこから来るか。毎年、新年の抱負を立てたはずなのに長続きしたことがないと自慢のように言う人がいる。夏休みの宿題、毎年早くやってしまおうと思ったのに仕上ったためしがない。しまいには目標を立てることすらしなくなる。

 根本は、三日坊主の失敗にメスが入れられていないからである。やる気のなさに逃げてしまい、失敗から、「やる気の出る目標」「続けられる計画」の反省につなげられなかった失敗である。つまりは面倒くさがりで、やる気はあっても、勇気、根気が足りない。

 失敗一つ一つには、学ぶべきことが必ず一つ一つある。その学びが成長である。失敗一つ一つから学ぶことを忘れて、成功が宝くじのようにやってくることを夢想しても、未来は開けない。発明王エジソンは99回の失敗の次に成功を勝ち取った。それは幸運の確率では無く、99の失敗からの学びに支えられて成功が生まれたことを物語っている。

 失敗から学ぶことは、惨めでささやかかもしれないが、その蓄積の上にしか人間の成長はない。根気が大切である。

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