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学長ブログ

2019.03.27

欲望を消費する度に、幸せは遠のいて行く

宗和 太郎

■激変してきた人類の歴史
 ベストセラーになっているユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史(上・下)』は長編だが、様々なことに目を開かせてくれる書物だった。人類の誕生から現在までを、鳥瞰的に、というよりもっと高いところから一気に俯瞰させてくれる。
 人類の歴史は250万年である。
 「万年」の単位で見ると、人類はずっと、食物連鎖の頂点に立つどころか、ちっぽけで非力な存在で狩猟採集して暮らしていた。
 少し前の7万年前、言語を獲得し共同世界を築くようになった。
 そして1万年前、定住して農業をするようになったのが、「万年」の単位で見えてくる昨日までの人類の歴史である。
 そして昨日から今日までの間に、500年前の科学革命が起き、産業革命から第4次産業革命までが立て続きに起き今朝を迎えている。1万年単位の変化だったものが、指数関数的に千年単位に変わり、百年単位、そして10年単位で環境が、文化・文明が激変している。

■本能は250万年のまま
 人類のDNAの進化は、この激変について行っていない。本能は250万年続いた狩猟採集生活のまま、改訂されていないのだ。だから、人間の自然を教育によって矯正しないと不都合なことが起きる。その大きな課題が欲望の制御である。食べたいものを欲しいだけ食べる。やりたいことをやりたいだけやる。これらは狩猟採集民を250万年つかさどってきた本能DNAなのである。
 文化・文明の進歩は、資本主義の時代に入り、人々の欲望に応えるサービスや商品が大量に産み出され、欲望の消費を広告やメディアが誘惑する。ハラリは述べる。「苦痛の軽減や快楽に対する期待があまりに膨らみ、不便さや不快感に対する堪(こら)え性ははなはだ弱まったために、おそらくいつの時代の祖先よりも強い苦痛を感じていると思われる。」

■幸せの考え方
 お金は、欲望の消費の手段である。だからお金を沢山持つことが幸せの鍵のように思う人々が多い。しかし欲望を消費する度に失われるのが「堪え性」であり、様々なことに苦痛、すなわち不幸せを感じる心が育っていく。
 幸せな人間になるために、現代人が備えなければならないのは「堪え性」である。そのために大切なのは、苦しいことはない方がいいという考え方ではなく、苦しいことがあるのが常態、当たり前という考え方である。人間関係うまくいかないのが当たり前、欲しいものが手に入らないのが当たり前、成長するためには苦しいことがあるのが当たり前なのである。生老病死、苦しいことが当たり前で、幸せばかり求めても得られない。仏教は煩悩を捨てよと教える。 幸せを求めるなら、まず現実に耐える心を育てよう。そうでないと、自分を、子どもを、とんでもなく不幸にしてしまう。

 花のいのちはみじかくて 苦しきことのみ多かれど
 風も吹くなり 雲も光るなり。(林芙美子)

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